「蛍のおもひで」  それは、私が大学生頃のお話…その当時、私は九州は福岡県宗像と言 う所に下宿していました。  学校は既に夏休みに入っていましたが、大学の教授が3食昼寝(?) 付きのバイトをしてくれと言うので、友人3人と教授の手伝いをしてい ました。  このバイトは、午前中に教授と我々が取ったデータをパソコンにイン プッし、午後は午前中にインプットしたデータを3Dグラフィックにし、 夕方はそれを元にデータの分析を行うと言った気の長い作業でした。  当時のパソコンはまだ16BitCPUなどはなく、8BitCPU でしたし、グラフィック能力も現在の物と比較して大変お粗末な物でし た…従って、午前中にインプットしたデータを3Dグラフィックにする には、午後一杯掛かるのです。  その間に我々は教授と共に、グランドでキャッチボールをしたり昼寝 をしたりしていました。  そして、その日一日の作業が終わる頃には、日はすっかり沈んでいま した…  その日も、私は夜の10時頃まで作業をしていました。  作業が終わり、外に出てみると満月の夜空です。  私は友人達と別れて、月明かりの中を下宿に向かって自転車を走らせ ました。  田圃の中の道を私はライトをつけず走って行きました。なぜなら、月 明かりのおかげで道は良く見えましたし、稲穂に付いた夜露が月明かり に照らされキラキラ光る様は、何事にも替えがたく思えたからです。  東京生まれの東京育ちの私には、思えば自然の恵みがこんなにありが たく感じたのは、九州に下宿していたときが始めてでした…  自転車で走っているに、私の帽子が風に飛ばされてしまいました。あ わてて拾いに行き、月明かりの中、下宿に向かいました。  下宿には、まだ近くの別の大学の学生達が残っていましたので、寂し くはありませんでした。  私は、下宿に帰ると電気も付けずに、西日ですっかり温度の上がった 私の部屋の空気を夜の冷気と交換するために、窓を開け放してから、ガ ス焜炉に火を付けお湯を沸かします。  更に、ガス焜炉の火で蚊取り線香に火を付け、その蚊取り線香の火で 愛用のパイプに火を付け、パイプをふかします。  そして、暗い部屋の窓辺に座り、夜空を眺めながら、パイプをふかし ながら、お湯が沸くのをボーっとまっているのが好きでした…  ところが…その夜はボーっとしていられませんでした…  部屋の隅に脱ぎとばしてあった、帽子の中で何かが光っているのを発 見したからです。  不思議に思って帽子を手に取りのぞき込むと、そこには小さな蛍が一 匹…私が、捕まえようと手を出した瞬間、蛍は帽子を飛び出し、部屋の 中をゆらゆらと飛び回りました…  私はしばらく見とれている内に、捕まえるのがなんだか可愛そうにな って、ただ見ている事にしました。  蛍は、この地方でもかなり珍しくなっていました。そのため、私は部 屋の蚊取り線香を消し、蛍を追い出しに掛かりました。しかし、蛍は私 の想いを知らないのか、一向に出て行こうとはしませんでした…  そのうち、私の方がくたびれてしまって、もうしらんとばかりに、窓 を開け放したまま、寝てしまいました…当然、その夜は蚊に悩まされま したが…  翌日、私はバイトに出かる前に蛍を探しましたが、夜の内に出て行っ てしまったのか、はたまた私の部屋に巣くう守宮の餌になったのか、蛍 の姿は見つかりませんでした。  私はバイトに出かけました。  そして、また夜遅く帰って、いつものように電気を付けずに窓辺に座 ってパイプをふかしながら網戸をみると…そこには、昨日の蛍が呼んだ のか5,6匹の蛍がとまって光っていました… 藤次郎正秀